HSP自分を好きになるために

認められたいから?

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最近

本当にHSP関連の記事や本、そしてSNSやブログなど

沢山増えてきたなと思います。

 

Twitterを見ていてもHSPです、

と自己紹介されている方も非常に増えたように見受けられますし、

だいぶ昔とは変わりました。

 

 

 

前にも同じような事をお話しましたが

HSPが知られる事はとても嬉しいこと。

 

この気質を知ってもらいたくて色々活動している私としては

素直に嬉しく思います。

 

 

 

ですがそれによって

出てくる「ワナ」、っていうのもありますよ。

という事に関しては前にお話したと思います。

 

 

気になる方はこちらのブログをどうぞ

深く知っていくうえで、はまるワナ

 

 

 

今日はそれとは違うベクトルからのお話。

 

 

始めに誤解のないようにお伝えしますが、

今日ここに書く

私の意見や普段発信している内容など。

 

 

私は

私の意見が必ずしも正しいとは思っていません。

 

 

ブログで常々書いていますが

人それぞれ正しさの基準は違います。

 

ただ、思うことを綴るのは自由だと思うので書いてみました。

 

それを念頭に置いて読んでみてほしいな

と思うのですが

 

 

 

もうさくっと言っちゃいますね。

 

 

最近よく見かける

 

HSPをもっと知ってもらいたい

HSPの自分だからこそできる発信がある

HSPの良さを活かして伝え手になりたい

 

 

そのような熱意をもっていらっしゃる方の発信内容について、

なんですが

 

 

 

私個人としては

先ほどもお伝えしたように

凄く素敵で良い事だと思います。

 

 

 

この気質だからこそ

その人にしか知らない喜びだったり大変さだったり。

それを活かして発信していきたい、と思う方がいるのは素晴らしい事だと思います。

 

 

 

ですが。

 

 

その発信が

 

誰かの為に、とか

誰かの役にたてれば

というような言葉の裏に

 

対象が本当の部分では

 

自分を認めてもらいたいから。

こんな私でいいんだ。

 

 

というような

承認欲求という理由のほうが強い人が増えたような気がするんです。

 

 

 

要は

HSPに関する発信をしているようにみえて

実は本当のところでは

 

自分を認めてほしい

自分という人に注目をしてほしい

自分の欲を満たすほうに重きを置きがち

だったりしている人、のことです。

 

 

 

勿論、

人は誰でも承認欲求を持っているものだと思います。

 

 

 

 

ですが

強すぎる、というのは少し意味合いがずれてくると思うんです。

 

 

私自身、

そのような方の発信内容には

正直「ん?」と感じる事が非常に多く見受けられます。

 

 

例えば

承認欲求が強い人にある事の一つが

SNS上でのフォローされている人数を気にしがち

だったり。

 

 

他にも

 

同じHSPでも違う意見があって当然

という感覚ではなく

 

違う意見の人を強く避難したり

○○が正しい!と躍起になっていたり。

(躍起になってる、てところが私的に大きなポイント)

 

 

 

 

私自身

そのような投稿をみたり、記事を読んだりすると

非常に心が痛みます。

 

 

同じ日本人でもいろんな日本人がいるように。

同じ県民でもいろんな県民がいるように。

同じ親から生まれてもいろんな性格のきょうだいがいるように。

 

 

みんな多少違うし、違って当然だと思うんですよね。

 

 

HSPの私をわかって

HSPというものを知ってほしい、わかってもらいたい

 

というのは

全然意味が違うと思うんです。

 

 

だからってそれらを発信している彼らがダメとかではないですよ。

 

ただ

HSPという言葉抜き

等身大の自分を自分で認める

ということ

が大切な気がするんです。

 

 

 

 

極論言っちゃうと

HSPというものに頼りすぎるのは違うよ

 

そう思うんですよね。

 

 

本当の意味で

このHSPの良さを発信をしてくれる方が増えたらいいな

と願うばかりです。

 

 

今日も読んで頂き有り難うございました。

 

Elina

 

 

 

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